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ゆるゆる参ろう奥浅草観光ツアーマスコミ向け体験

先日、「ゆるゆる参ろう奥浅草観光ツアー」に行ってまいりました。

まずは、吾妻橋袂のあみ清さんの船着場からスタート。
屋形船で白鬚橋まで行って、そこから山谷堀公園に向かいます。

ゲストの藤巻潤さん。

1961年、大映東京撮影所第11期ニューフェイスに合格。翌年大映映画『銀座のどら猫』で主演デビュー。その後、テレビドラマ『鬼平犯科帳』シリーズ、『ザ・ガードマン』など様々な人気シリーズに出演。テレビ朝日『欽ちゃんのどこまで笑うの?!』をはじめ、バラエティ番組にも多数出演している。活動の幅はテレビだけに留まらず、自動車レースでもその才能を発揮している。1986年モンテカルロラリーに参戦し、総合で25位。レーニエ国王より特別賞を授与される。国内ヒストリックカーレースにも5度参戦し、優勝1回・準優勝1回・三位1回と優秀な成績を残している。

観光ボランティアガイドのお二方。
台東区では申し込みすれば、無料の観光ボランティアガイドを派遣してくれます。
詳しくは、台東区のホームページをご覧ください。

竹屋の渡し
「竹家の渡し」、「向島の渡し」とも称された。待乳山聖天のふもとにあったことから「待乳(まつち)の渡し」とも称される。「竹屋」の名は付近にあった茶屋の名に由来するという。現在の言問橋のやや上流にあり、山谷堀から 向島三囲(みめぐり)神社(墨田区向島二丁目)を結んでいた。付近は桜の名所であり、花見の時期にはたいへん賑わったという。文政年間(1818年 – )頃には運行されており、1933年(昭和8年)の言問橋架橋前後に廃された。近くの台東区スポーツセンター広場に渡し跡の碑がある。

中村座発祥の地
2000(平成12)年11月、平成中村座が幕を開けた隅田川河畔の隅田公園に、「平成中村座発祥の地記念碑」が、浅草観光連盟を中心とする記念碑建立実行委員会によって建てられました。場所は、待乳山聖天にも近山谷堀。十八世中村勘三郎の最後の平成中村座公演となってしまった7カ月のロングラン公演を行った場所でもあります。

池波正太郎発祥の地
平成19年に建立。池波正太郎さんは、大正12年1月25日、旧東京市浅草区聖天町61番地(現在の東京都台東区浅草7丁目3番付近、)で誕生しました。
生誕地は「待乳山聖天」から道路を一つ隔てすぐ南側の場所です。

待乳山本龍院さんでは、 金原亭馬生師匠の落語が開催。

まずは、待乳山本龍院の平田真純住職からご挨拶を。

待乳山本龍院さんには、待乳山にちなんだ浮世絵が数多く展示されています。
本物の浮世絵を目の前で見ることができます。

いよいよ本日の目玉のである11代目 金原亭馬生の落語を。

お弟子さんは、今原亭小駒さん。
志ん生師匠の曾孫で、先代馬生師匠の孫で、志ん朝師匠は大叔父、池波志乃さんの甥っ子という芸能サラブレッドなんです。
これからが楽しみですね。

落語の後は、パンダバスに乗って移動です。

本性寺
慶安4年(1651)創建。京都本能寺の末寺。知る人ぞ知る「痔の神様」として有名な秋山自雲(しゅうざんじうん)の墓があります。また、作家池波正太郎の「剣客商売(けんかくしょうばい)」では登場した小兵衛の亡妻、剣友・嶋岡礼蔵の墓所と設定されています。

妙亀塚
この地はかつて浅茅ヶ原と呼ばれた原野で、近くを奥州街道が通じていて、妙亀塚は、「梅若伝説」にちなんだ名勝です。「梅若伝説」とは平安時代、吉田小将惟房の子梅若が、信夫藤太という人買にさらわれ、奥州に連れて行かれる途中で、重い病にかかり、この地にすてられ世を去りました。我が子を探し求めて、この地まで来た母親は、隅田川岸で里人から梅若の死を知らされ、髪をおろして妙亀尼と称し庵をむすんだという説話です。お能「隅田川」はこの伝説をもと創作されています。

平賀源内墓所
静電気発生装置であるエレキテルの復元、本草学の著書、戯作浄瑠璃の発表、西洋画や源内焼を広めるなど天才的な業績を残した江戸時代の発明家平賀源内が眠る墓地です。この墓は国指定史跡となっています。

おばけ地蔵
「おばけ地蔵」の名の由来は、かつて大きな笠をかぶり、その笠が向きを変えたから、あるいは高さ4m余りの並外れて大きいからなど、いくつかの伝承があります。この辺は、室町時代以来、禅宗の名刹総泉寺の境内地でした。

お昼過ぎましたので、一文別館へ。
こちらは池波正太郎も愛した、名代江戸ねぎま鍋が有名。

中もなかなか素敵なお店です。

一文別館
住  所:東京都台東区浅草3-32-2
TEL  :03-3871-1015
営業時間:18:00~22:30

食事の後もちょっとだけ回遊。

玉姫稲荷神社
760年(天平宝字4)年、京都・伏見稲荷大社より御分霊を勧請し創建されたという。靴やメーカーが一堂に集まる春と秋のこんこん靴市が有名。

浅草富士浅間神社
元禄年間(1688~1703)の創建と推察されるが、元禄年間以前の「江戸絵図」にはその鳥居が描かれており、この辺をどう解釈するかが今後の課題である。

吉原などを回ってゴールのお富士さんの浅間神社に。
ぐるりと池波正太郎と奥浅草を回るコースでした。

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